中井正五郎殉難の地


坂本龍馬中岡慎太郎暗殺の首謀者と見られていた三浦休太郎(紀州藩士)を土佐陸援隊、海援隊が襲撃し、迎え撃った新撰組と激闘があり、中井正五郎が死亡した。そのことを示した石碑であるお地蔵さんの隣にあるが、気をつけていなければ通り過ごしてしまいそうな石碑である。。この人がどのような人物か知らないが、死後(おそらく明治になってから)従五位を贈られている。志半ばで倒れた勤皇の志士の多くが、死後このように官位を贈られているのは、勝ち組(明治政府)の論理かもしれない。京都市内ではこのような石碑(主に幕末関連)をいたるところで見かける。ほんの100年ほど前の京都は、それだけ殺伐としていたということかもしれない。