西ノ京原町

古来陰陽道では、北東(艮)の方角は鬼が出入りする方角として、また対角線の南西は裏鬼門とも呼ばれ、ともに忌み嫌われていた。

鬼門から鬼が入らないようにと、平安京では北東の守護として比叡山延暦寺が建立され、裏鬼門には石清水八幡宮が当てられた。
庶民の家でも様々な工夫がなされ、鬼の嫌がる柊の木を植えたり、難を転ずるとして南天を植える家も多い。

現代でも京都の街なかにはいたるところに鬼門除けを見ることが出来る。
そんな中、ここではちょっと変わった鬼門除けを載せていきたい。
f:id:mfujino706:20200928153749j:plain
艮の角を四角く囲ってさらに柊を植えている。f:id:mfujino706:20200928153737j:plainf:id:mfujino706:20200928153822j:plainf:id:mfujino706:20200928154018j:plain
そのすぐ近所には坤の角を四角く囲い玉砂利を敷いてある。f:id:mfujino706:20200928154038j:plain

御土居のすぐ西側の地域でいわゆる洛外に当たるが、2カ所とも一般住宅ではなく事務所ビルやアパートにも鬼門除けを施しているところが興味を魅かれるところである。

Bazaar Cafe

f:id:mfujino706:20201110153422j:plain
京都で10数か所に残っているヴォーリス建築の一つ、バザールカフェ。1932年の建立である。f:id:mfujino706:20201110153351j:plainf:id:mfujino706:20201110153359j:plain
久し振りに訪れてみたら、隣りが空き地になっていて全容が良く見えるようになっていた。

隣にはマンションが建つようだが、ここはそうならないで残ってほしいと願っている。

市五郎大明神・御土居

f:id:mfujino706:20200928154233j:plainf:id:mfujino706:20200928154804j:plain
西大路通りの一本東の通りを歩いていたら、このような鳥居を見かけたので参拝した。f:id:mfujino706:20200928154220j:plain
鳥居の奥に社殿がありその向こうはこんもりとした森がある。f:id:mfujino706:20200928154327j:plain
よくある鎮守の森かと思ったが、あに図らんや御土居の一部が残っていたのである。f:id:mfujino706:20200928154348j:plainf:id:mfujino706:20200928154611j:plain
御土居の上は特に整備された様子もない。f:id:mfujino706:20200928155028j:plainf:id:mfujino706:20200928155111j:plain
通の西側(いわゆる洛外に当る)から見れば、結構大きな遺構だということが分かる。

肝心の市五郎大明神のことは調べるのを忘れた。

那須岳・三斗小屋温泉

f:id:mfujino706:20201115231659j:plain
f:id:mfujino706:20201115232524j:plain
10月中旬、北関東の那須岳に登ってきた。
那須岳とは、活火山の茶臼岳や朝日岳など一帯の山々の総称であり、那須連山と呼んだほうがいいかもしれない魅力的な山塊である。
f:id:mfujino706:20201115231904j:plain同行したのはニュージランドトレッキングに行った仲間に加え、現地で知り合ったSさん夫妻も誘い総勢6名の山旅であった。f:id:mfujino706:20201115231730j:plainf:id:mfujino706:20201115231840j:plain
ところどころ色づいた箇所があり、早めの紅葉を楽しんだ。f:id:mfujino706:20201020062442j:plainf:id:mfujino706:20201115232012j:plain
宿泊は三斗小屋温泉と言う山小屋、と言っても各部屋は床の間付きで旅館仕様で、夕食はお膳で運ばれてきた。f:id:mfujino706:20201115232037j:plain
洗い場も水道も(もちろんシャワーも)ない湯船だけの岩風呂で、体の疲れを癒すことができた。f:id:mfujino706:20201020121938j:plain
会津と福島と栃木が交差する三本槍ヶ岳那須連山の最高峰である。

f:id:mfujino706:20201115232149j:plain
2日目に茶臼岳に登る予定であったが、疲労と時間オーバーで断念。

f:id:mfujino706:20201115232253j:plainf:id:mfujino706:20201115232338j:plain
翌日は朝食もそこそこに鹿の湯へ。
41、42、43、44、46、48度の6種類の浴槽があったが44度が限界であった。48度の浴槽の周りでは常連さんが談笑していたが、僕には無理であった。

平野上柳町

古来陰陽道では、北東(艮)の方角は鬼が出入りする方角として、また対角線の南西は裏鬼門とも呼ばれ、ともに忌み嫌われていた。

鬼門から鬼が入らないようにと、平安京では北東の守護として比叡山延暦寺が建立され、裏鬼門には石清水八幡宮が当てられた。
庶民の家でも様々な工夫がなされ、鬼の嫌がる柊の木を植えたり、難を転ずるとして南天を植える家も多い。

現代でも京都の街なかにはいたるところに鬼門除けを見ることが出来る。
そんな中、ここではちょっと変わった鬼門除けを載せていきたい。f:id:mfujino706:20200916113505j:plainf:id:mfujino706:20200916113459j:plain
平野神社から立命館大学衣笠キャンパスに至る道沿いで、多くの鬼門除けを見ることができる。f:id:mfujino706:20200916113516j:plainf:id:mfujino706:20200916113530j:plain
この辺りは戦後になって住宅開発されたのだろうか、同じような区画の家が多い。鬼門除けも、同じように敷地の角を四角く囲って白砂や玉砂利を敷いてある。道も東西南北に走っていて、鬼門を意識しやすいのも一因かもしれない。f:id:mfujino706:20200916113537j:plainf:id:mfujino706:20200916113549j:plain
郊外(その当時は)でもこれだけまとまって見ることができるので、ちゃんと調べてみればもっと面白い発見があるかもしれない。f:id:mfujino706:20200916114139j:plainf:id:mfujino706:20200916114149j:plain