祭り

時代祭

時代祭は、平安遷都1100年を記念して創建された平安神宮の記念行事として、明治28年に始まった京都三大祭りの一つである。平安神宮の祭と言うより、京都市全域で構成される平安講社が主体となって行っている。 我が学区は9年に一度担当が廻って来る(今回は…

祇園祭後祭

今年の後祭の最大の話題は、196年ぶりに復活した鷹山である。平日昼間にもかかわらず、多数の見物客で賑わっていた。 胴掛けや見送りも新調されたのだろう 真新しい埒の向こうには、見事な縄がらみの仕事ぶりを見ることが出来る 車輪は新調できなかったので…

後祭・祇園祭

四条に用事があって出かけた帰り道、今日が18日で後祭の鉾建てが始まる日だということを思い出し、新町通を北上した。 こちらは大船鉾↓ 新しいからか、長刀鉾などと違って足場を組んでの鉾建てである。みなさん、蘇民将来の子孫である(笑)釘を1本も使わず…

檜扇・祇園祭

ご近所からいただいた檜扇が見ごろを迎えている。 「檜扇は,古来より厄除けの植物とされており,祇園祭の期間中,京都では民家の床の間や玄関へ檜扇を飾る習慣があります。」京都市ホームページより こちらは11日に行われた函谷鉾の鉾建て。今日は16日、い…

今年の祇園祭

今宵は祇園祭宵山。いつもなら、四条通を中心に各鉾町はものすごい数の人で溢れているはずである。 宵山の日に占出山でしか販売されない吉兆あゆも、大極殿で3日間だけ売っている。 鉾が建たない代わりに、大丸京都店では精巧なミニチュアの山鉾が展示されて…

間之町夷川Jul19

祇園祭は7月17日や24日の巡行、あるいは宵山だけの祭りと誤解されがちだが、1日の切符入りに始まり、31日の疫神社の夏越祓で終わる壮大なお祭りである。

祇園祭:後祭り

先祭りの喧騒もなく、落ち着いた風情が好きだ。 橋弁慶山の人形は室町時代の作で、弁慶は1563年、牛若丸は1537年。何気なく飾られているようだが、すごい歴史である。

葵祭・御阿礼の神事

京都三大祭りの一つ、葵祭は上賀茂神社・下鴨神社の祭りで、5月15日に路頭の儀(巡行)、社頭の儀が行われるが、それ以外にも多くの祭事が行われる。 例えば、5月3日の流鏑馬神事(下鴨神社)、5日の競馬神事(上賀茂神社)は有名であるが、5月12日に行われ…

時代祭・山国隊

地下鉄の駅に向かっていると、遠くから例の笛の音と鼓笛の音が聞こえてきて、 今日が時代祭りの日だということを思い起こさせてくれた。祭りの先頭を行く山国隊が行列に参加するため、御所に向かっているところに遭遇したのである。近年では朱雀学区が担当し…

祇園祭前祭巡行・特等席

朝早くから果たさなければならない用事があったので、四条烏丸へ。 丁度前祭の巡行がスタートする時であった。四条高倉の大丸前では、各山鉾から届けられる粽を受け取る場所が設けられていて、 多分店長であろうと思われる人が代表して受け取っていた。 四条…

岩戸山見送り

今宵は祇園祭の宵山。今時分は各鉾町から日和神楽が出発している頃かも知れない。 昼間でも相当な人出があったが、宵山はその何倍もだと思う。 四条通は文字通り押すな押すなで、そんな中に出かける気力は失せてしまった。岩戸山は新町通仏光寺にあり、中心…

祇園祭・鉾立

久し振りに街に出たら、丁度長刀鉾の鉾立の真っ最中であった。釘を一本も使わず、縄だけで組み立てるこの技法は、 雄蝶、雌蝶、えび巻きなどと呼ばれている。鉾が立ち上がった函谷鉾では、引き初めが行われていた。 交通量が激しいので、上手くは撮れていな…

疫神社・夏越祭

八坂神社の疫神社では、7月31日に大茅の輪を設け、夏越祭が行われる。 いつもは静かな神社も、この通りお参りの人が列をなしている。この神事をもって、1か月にわたる祇園祭が終わる。普段の疫神社

後祭宵々山

掲載順が後先になってしまったが、宵々山のことを少し。 橋弁慶山に提灯はともったが、ご神体は会所の二階に安置されたままで、巡行の時とは違い 同じ方向を向いている。前祭同様屏風祭も行われている(鯉山山本仁商店)。 これは平成の屏風だが、何百年後に…

祇園祭後祭

今年の前祭は山登りに行っていたので、せめて後祭りだけでもと思い、見物に出かけた。 2年前に復活した後祭りだが、前祭と違って御池通を東行するのが新鮮な気がする。 先頭を行くのはくじ取らずの橋弁慶山。 新刊小説「若葉の宿」は橋弁慶町にある小さな旅…

葵祭・上賀茂神社社頭の儀

5月15日は葵祭行列巡行の日である。 平安時代には、「祭り」と言えばこのことを指したほど人気があったらしい。 どうしても、源氏物語の葵上と六条御息所の車争いを連想してしまう。お誘いをいただいたので上賀茂神社の社頭の儀に参列した。 因みに行列は路…

北野天満宮・梅花祭

2月25日は菅原道真の祥月命日で、北野天満宮では梅花祭が行われる。梅苑の梅も見ごろで、毎月25日に行われる市(天神さん)とも重なり 大変な人出である。 ひょっとするとお正月より多いのかもしれない。本殿にお詣りするのも長蛇の列に並ばなくてはならない…

祇園祭・八幡山わらべ歌

八幡さんの厄除けのお守りは此れより出ます 明日は出ません今晩限り 御信心の御方様は受けてお帰りなされましょう ローソク一丁献じられましょう ローソク一丁どうですか♪

祇園祭・後祭宵山

北観音山 前祭と違って後祭は人出も少なく、じっくりと山鉾を観賞するには こちらがお勧めである。また宵山の楽しみ方の一つである屏風祭りもこちらの方が華やかな気がする。 特に新町通は呉服関係の大店が軒を連ねているので、 見ごたえがある。八幡山役行…

祇園祭・切符入り

祇園祭は7月1日の切符入りに始まり、7月31日の夏越の祓い(疫神社)で終わる 1か月に及ぶ「歴史、規模などにおいて我が国最大の祭りである」(京都検定公式テキストブックより)。一般には7月17日の前祭の山鉾巡行やその前夜の宵山が人出も多く目を引くが、 …

須賀神社節分祭

この神社は小さくてあまり有名でない割には、女性のお詣りが多い。 この懸想文のお守り(縁結び)を求めていくのである。この女性はどうやら願いがかなったらしく、長々とお礼を述べていたのが印象的だった。昨年の記事

祇園祭後祭り

昨年、48年ぶりに後祭(あとまつり)が復活した。 前・後合同で巡行があった時は、山鉾がたくさんで、 全てを見て廻ることは難しかったが、 こうやって後祭だけならじっくりと見ることができる。鯉山のご神体は、左甚五郎作の立派な鯉である。 見送りは16世…

祇園祭前祭

世相を反映したお達しである。 祭の始まった1100年前には考えられなかったことであろうが、 この間時代時代でいろいろなお達しが出ていたに違いない。 台風が接近しているので明日の巡行が心配である。 原則は「小雨決行、大雨強行」と聞いたことがあるが、 …

正行寺

これが何でブログの対象となるのか?お寺やのに神社のお札(厳密に言えば祭礼のお供えをしたお礼)が あるのが、個人的に面白いので写真に収めてみた。神仏習合とか難しいことは考えないでおこう。

葵祭見物

今年初めて加茂街道で葵祭を見物した。 出発地点の京都御所や丸太町通りでは、 見物客が多すぎて一番前で見ることができないが、 ここ加茂街道は比較的すいているので ゆっくり見物することができる。葵祭で牛車を見るたびに、源氏物語の有名な 車争いを思い…

大豊神社氏子祭

後輩夫婦を案内して哲学の道から法然院への道すがら、 大豊神社の祭礼に遭遇した。地域を巡回しての最後の行程のようで 見守る人はほとんどいなかった。剣鉾が4基巡行に参加していた。途中は横にして担いでいたが、 参道に差し掛かって上に差し上げて練り歩…

競馬会足汰式

5月1日に催された上賀茂神社の競馬会足汰式を見物してきた。 これは5月5日に行われる競馬会神事に出走する馬を事前に走らせて、 その走り具合を見ながら二頭ずつ走る当日の組み合わせを決めるもので、 予備走のようなものだが、れっきとした神事である。もと…

祇園祭・屏風祭

宵山には、山鉾町の家々がご自慢の所蔵品を飾って 道行く人の目を楽しませてくれる。これが屏風祭りと言われ、祇園祭の楽しみの一つである。以前に比べてその数は減ったように思うが、 今でも新町通をはじめとして各町内で見ることができる。 今年から後祭り…

祇園祭・休み山

大船鉾が150年ぶりの復活を果たしたが、その陰で復活を狙っている 山がいくつかある。「休み山」と呼ばれ、多くは火災によって消滅し、 その後ご神体や飾り物は保存しながら、その時を待っているのである。 この布袋山もその一つである。詳しい来歴は知らな…

祇園祭後祭り

49年ぶりの後祭り復活(本来の姿に戻った)ということで、 見物客も結構多かったのではないだろうか。しかしいつものように四条烏丸から反時計回りで 御池通を西行するのではなく、烏丸御池から東へ向かって 巡行するのは史上初めてであろう。1100年の祭りの…