京の老舗

一澤信三郎帆布xミンナソラノシタ

街中で前を歩いていた男性が同じバッグを下げていたので思わず声を掛けようとしたが思いとどまった。 色、サイズとも同じだが一点だけ異なるところがあった。 それがこの部分。僕のバッグには黒田征太郎さんのイラストが入っているオリジナル品である。 福島…

亀山

西院の裏通りを歩いていて偶然見つけた和菓子店。 木箱に書かれた電話番号で時代の変遷を知ることができる。 (壬生)8736 ↓ この間に(4)8736が存在したはず (84)8736 今は多分(841)。西仏西とは屋号ではなく、住所を表している。「西大路仏光寺西入ル…

日本一・塚原産竹の子

この季節、京都のあちこちの八百屋さんでは、日本一美味しいと言われる乙訓産の筍で店頭が賑わっている。 この日は、一盛3万円の竹の子がまだ並んでいた。 秋には松茸が籠に並ぶこの店だが、筍といわず竹の子というのもこだわりを感じさせて面白い。

鮎茶屋・平野屋

昨年12月初旬に訪れたが、嵯峨野もこの辺りまで来ると、さすがに観光客は少ない。 それでも欧米系の人を何人も見かけた。創業当時からの建物で、ところどころ補修はしているものの、400年以上存続していることになる。 座敷に上がって有名な「志んこ」をいた…

開化堂

少し前のことだが、東京の友人から頼まれて、いつもの異界魔界ツアーを行った。 その途中で隠れた名所として開化堂を紹介したところ、ぜひにということで入ってみた (許可を得て写真は撮っている)。手作りの銅製茶筒が有名で、蓋が静かに滑り落ちてくるの…

西村衛生ボーロ

明治26年創業の「衛生ボーロ」一筋のお店である(南隣に店舗がある)。 衛生ボーロという言葉が全国で通用するかどうかは知らないが、 少なくとも京都では超有名である。このお店の前を通ると、今でもいい匂いがしてくる。玄関に家紋が刻まれているのはそう…

170年目の閉店・亀屋廣和

ペリー来航が嘉永6年(1853年)というから、それ以前の創業とは驚きである。 しかし、残念ながら店主の高齢化と後継者がいないことから、7月31日で店を閉じる。このブログで今まで何度か取り上げたのと同じパターンである。 植村義次 桂飴 たこえんこの黒糖…

万市その後

2か月前はこのような状態だったが、現在は見るも無残。 今日通りかかったら、コインパーキング工事中であった。京都市内では見慣れた光景となってしまい、誰も驚かなくなっているのが恐ろしい。 言うまでもないが、京都は寺社や花街だけを目当てに来るわけ…

唐板再開

御霊神社門前の名物として知られる唐板。 祇園祭の始まりとして知られる御霊会が開かれたとき、 健康を祈る厄除けの煎餅としてふるまわれたのが起源というから、 千年以上前からのお菓子である。この水田玉雲堂が創業したのが1477年で応仁の乱の終わりごろで…

143年目の移転・万市

家具のまち夷川通にでんと構えていた美術道具屋万市が3月いっぱいを以って 店を別のところに移転した。 移転を知らせる貼り紙には「明治8年より143年に渡って営業してきた」とあり、 無念さが滲み出ている。 堂々たる立派な店構えだが、この辺りは毎年地価…

洲濱閉店

噂には聞いていたので覚悟はしていたが、遂に休業と相成った。挨拶文に店主の哀切が滲み出ている。もうこの品を二度と味わうことができなくなるのは誠に残念である。 大袈裟でなく、ひとつの文化が途絶えたような気がする。繁盛していた頃の記事

平楽寺書店解体

国の登録有形文化財である平楽寺書店が解体される。 これに伴い文化財登録も抹消されることになり、京都市内で初めての事例だそうだ。解体を伝える京都新聞の記事文化財に登録されたからと言って国が特に何かをしてくれる訳でもなく、 維持・保存は所有者が…

祇園饅頭工場

地下鉄東山駅から平安神宮方面への抜け道を行くと、東側に小さな和菓子屋さんがある。 看板も出ていないが知る人ぞ知るの店で、店頭は多くの客で賑わっている。時々通りかかるので気にはなっていたが、調べてみると南座の隣にある 祇園饅頭の工場とのこと。…

休業・御洲濱司

この記事を書いてから1年しか経たないのに 危惧していたことが起こった。ちょっとした京都土産として、いつも使わせてもらっていただけに残念である。 復活を期待している。

しまだいギャラリー

町を歩いていると、もと造り酒屋の建物と真っ赤な装飾の対比が目に飛び込んできた。 Brandに疎い身でも、Chanelは分かる。期間限定のshopらしい。

千切屋

幟と呼ぶのだろうか、真っ赤な大きな生地に「千」の字がはためいている。遠くからでも鮮やかに目に飛び込んでくる。千切屋は創業290年になる屈指の呉服問屋である。奥に入ったことはないが、 昔ながらの店構えが、何とも頼もしく感じられる。 界隈の店がビル…

貝葉書院

websiteによれば「木版手刷りの仏教書を今に伝える」とあるが、 これで商売が成り立つところが凄いと思う。 あるいは京都だからやっていけるのかもしれない!?

御洲濱司のお雛様

京都の老舗には、さりげなくお宝を飾っているところが多い。 ここ御洲濱司植村の店頭にも。 すわ円山応挙かと思いきや、孫弟子の応震の作とのこと。

100年目の閉店・たこえん

週に一度はこの店の前を通るのだが、今まで入ったことがなかったので、 どんな事情かはよく分からない。大正4年ということは百年続いていたということか。

御洲濱司・植村義次

場所柄、名前からして宮中出入りのお菓子屋さんのような趣が。洲濱台を象った上品なお菓子で、とても美味しい。 洲濱をちぎって小さく丸めたようなのが春日野豆。 原則この2種類だけで何百年と商っておられる。小さなお店だが、看板や調度品に至るまで歴史に…

今村玉生堂

余りに達筆すぎて、読むことができない。 単に知識不足だけかもしれないが。縦書きの文字は、目を凝らしてみれば、 今村玉生堂と読めるのだが、果たして、、、? 近づいて見てもさっぱりである。 「御水引紙袋」かな? 四文字目は自信がない。前の通りは万寿…

中村藤吉本店

宇治には多くのお茶屋さんが存在するが、 その中でもこの店は有名店の一つである。宮中に献上したというお茶が恭しく陳列されている。さすがと言うべきか、店内のマンホールの蓋には「お茶壺」の印が刻まれている。奥に併設されているカフェは超満員で、僕も…

老舗創業番付

1600年創業の店でも序の口である。 江戸初期でも番外とは、なんと奥が深いことか⁉※十両以下は画面を拡大してご覧ください※

州浜・植村

御洲濱師とあるから、京都御所御用達のお菓子屋さんだったのだろう。 東京遷都で公家をはじめ多くの御用商人もくっついて行ったのだが、 中にはこのように残ったところもたくさんある (羊羹で有名な虎屋は赤坂に移ったが、烏丸一条に本店は残っている)。こ…

神馬堂

上賀茂神社の門前菓子としてここのやきもちは有名である。 父が京都ゴルフの帰りに、よく土産としてくれたことを思い出す。学のある人は「しんめどう」と呼びたくなるが、 店名は「じんばどう」である。

黒田正玄家

千家十職のうち、竹細工・柄杓師を務める黒田正玄さんの自宅である。 隣のビルが何とかならないものかと憂うが、 何ともならないのも現代の京都である。

美よし果舗閉店

週に1度はこの店の前を通るのだが、閉店に気づいたのは 暫くしてからである。 両手を負傷したためと書いてあるが、不本意な閉店であったかもしれない。この店のひやし飴は絶品で、もう味わえないのかと思うと本当に残念である。 店の看板もすでに取り払われ…

126年目の閉店・Y.INOHANA&SONS

子どもの頃から何回も通っている道だが、 どんな店だったのか記憶がない。streetviewで確認したところ、紳士服店だということが分かった。 景気のせいか後継者難か、、、これも時代の流れかもしれない⁉

かとう

先月のことであるが、祇園のお茶屋「かとう」の120周年の祝宴に 縁あって招かれた。 たまに(といっても、この1年ほどご無沙汰しているが)お茶屋Barを利用するだけで、 本来ならお門違いの場であるが、 祇園町の宝といわれる「手打ち」に魅かれてのこのこと…

柊家

古来陰陽道では、北東(艮)の方角は鬼が出入りする方角として、 また対角線の南西は裏鬼門とも呼ばれ、ともに忌み嫌われていた。この鬼門から鬼が入らないようにと、平安京では北東の守護として比叡山延暦寺が建立され、 裏鬼門の守護は岩清水八幡宮が当て…