伝統芸能

南座発祥四百年・吉例顔見世興行

2年余りの耐震工事を終えて、南座が新しく開場した。 南座発祥四百年 南座新会場記念と銘打った顔見世興行を観劇してきた。本来、顔見世は師走の行事であるが、今年は高麗屋3代の襲名披露がメインで11月1日から行われている。 会場は着飾った女性たちで賑…

顔見世atロームシアター

今年は南座が改修中なので、顔見世はここロームシアター京都で開催された (因みに都をどりは京都造形芸術大学内の春秋座で行われた)。 まねき看板もいつもと雰囲気が違って見えるから面白いものである。中村橋之助改め芝翫の襲名披露も兼ねているが、 「出…

乞巧奠

昨日8月28日は旧暦の7月7日にあたり、 藤原俊成、定家を祖とする冷泉家で乞巧奠が行われた。 牽牛・織女の二星に、種々の供物をし、蹴鞠、雅楽、和歌などを手向けて、 技が巧みになるようにと祈る七夕の儀式である。 京都新聞記事より冷泉家時雨亭文庫の会員…

都をどり2017

南座が耐震工事のため使えないので、今年の都をどりは春秋座で開催されている。はて、春秋座とはどこにある?とお思いの方もおられると思うが、 北白川の京都造形芸術大学内にある立派な劇場がそれである。この急な階段は若い学生にとってはどうってことない…

今年の顔見世

南座が改修中と言うことで、今年の顔見世は先斗町歌舞練場で開催された。 まねきの方は例年通り南座に揚がっている。千秋楽の第3部にもかかわらず着飾ったお客がたくさん詰めかけていた。 南座と違って舞台と客席が近いとの話も聞くが、残念ながら観ずじまい…

嘉祥閣

世阿弥に発する能は江戸時代に入ると武家社会にも広まり、大正・昭和になると 町人の素養として謡曲が普及していったようである。京都や大阪では、少なくなったとはいえ今でもいくつかの能楽堂が現存している。 ここもその一つである。祠で守られているかの…

宮川町ビアガーデン

五花街の一つ宮川町のビアガーデンは今年で3年目になるだろうか、 好評につき?昨年より開催期間が延長された。 昨年の様子先に始めた上七軒と異なるのは、会場の広さや芸舞妓の数(上七軒は6名、宮川町は4名)だけでなく、 最後に踊りを披露してくれること…

歌聖の夕べ

昨年が藤原俊成生誕900年ということで、俊成を遠祖とする 冷泉家が「歌聖の夕べ」と題する催しを開かれた (本来なら901年目にあたるが、法要の関係で一年繰り延べになった由)。藤原俊成は平安から鎌倉時代にかけての歌人であり、千載和歌集を編んだことで…

今年の顔見世

年末恒例の南座の顔見世興行(東西合同大歌舞伎)が始まった。 今年は四代目中村鴈治郎襲名披露が中心である。写真の日は12月4日で、5日ある花街総見のうちの一日である。 花街総見とは、京都にある五つの花街の芸舞妓が総出で顔見世見物をすることをいう。 …

グループ諧

宮田翁輔画伯がお弟子さん20人(しかも技量高い人たちばかり)を引き連れて 京都にスケッチ旅行に来られたお手伝いをした。 今回で4回目になるのだろうか。初日は南禅寺菊水の座敷を借り切って、舞妓さんをスケッチ。 モデルさんが疲れるので、10分描いて5分…

宮川町ビアガーデン

京都五花街の一つである宮川町のビアガーデンが始まった。 昨年より営業開始日が早まったとのことで、 宮川町に詳しい美女Eさんのご案内で、初日に出かけてみた。 上七軒よりは小規模ではあるが、その分舞妓さんや芸妓さんも ゆっくりと接遇してくれたよう…

愛宕神社神楽講

愛宕神社神楽講創立110周年記念祭(神楽講記念総参)に参列してきた。 親の代(おそらく祖父の代)から講に入っているものと思われ、 その意味も深く知らないまま参加した。 因みに、上賀茂神社や石清水八幡宮の講にも入っていたかと思うが、 僕の代になって…

かとう

先月のことであるが、祇園のお茶屋「かとう」の120周年の祝宴に 縁あって招かれた。 たまに(といっても、この1年ほどご無沙汰しているが)お茶屋Barを利用するだけで、 本来ならお門違いの場であるが、 祇園町の宝といわれる「手打ち」に魅かれてのこのこと…

顔見世

昨日12月2日は顔見世3日目。祇園甲部の花街総見があった。京都新聞の記事今年こそこの日にと願っていたのだが果たせず、夢は次年以降に持ち越しとなった。

上七軒ビアガーデン

京都五花街の中で最古の歴史を持つ上七軒(カミシチケン)。 そこの歌舞練場の庭が夏の間だけビアガーデンに変わる。簡易なテーブルにパイプ椅子、足元には蚊取り線香という お世辞にも豪華とは言えない設備だが、常に予約でいっぱいである。 しかも値段も普…

冬青庵能舞台

ここには以前青木能楽堂という瀟洒な町家があった様な記憶があるが、 建て替えて名前も変えたようである。「京都はその町の規模に対して、能舞台や能楽堂の多い土地です。いうまでもなくその歴史的な経緯が大きな理由ですが、町衆が大いに能を愛好し、現在も…

鉄輪井

街なかの、知らなければ通り過ぎてしまいそうな路地の奥に、 おどろおどろしい伝説の残る鉄輪(かなわ)の井がある。謡曲「鉄輪」では、元夫を恨んで貴船神社に牛の刻詣りをする女が、 三つの脚に灯をともした鉄輪を頭に載せ鬼女となり元夫を襲うが、 陰陽師…

大江能楽堂

謡が経済人や一般庶民の教養であった時があり、京都にはいまでもいくつかの能楽堂が残っている。 有名なところでは、金剛能楽堂、観世会館。街なかのこじんまりとしたところでは、 河村能舞台とこの大江能楽堂。変わったところでは八坂神社の能舞台がある。 …

壬生狂言

壬生狂言は通常4月に行われるが、節分会の行事としてこの日に1演目だけ披露される。演目は文字通り「節分」であり、人間の扮装をした鬼が民家に現れるが酒に酔っ払ってしまい正体がばれ、豆を撒かれて退治されるまでを演じる無言劇である。場所は重要文化財…

池坊

お洒落な正月飾り!と思ってはいけない。華道池坊の本部ビル壁面を飾っているかられっきとした「いけばな」なのであろう。 中興からでも550年、起源からでは1400年以上経っている,ある意味老舗である。

下鴨神社・蹴鞠初め

世界遺産である下鴨神社では一年を通していろんな行事が行われるが、1月4日は蹴鞠初めである。糺の森から続く参道には正月らしく多くの露店が出ている。神社の配慮だろうかこのような焚き火も提供されていて、暮から続く寒さの影響か多くの人が暖をとってい…

顔見世2010

本来の芸とは別のところで何かと話題の多かった今年の顔見世ではある。この写真は12月初めに撮ったもので、件の役者のまねきはまだ上ったままである(この2日後に下ろされたそうな。またプログラムも全部刷り変えたらしい。大変な出費である)。 この白い割…

随心院・はねず踊り

はねずとは、うすべに色のことを指し、随心院の紅梅もこの名で呼ばれていた。深草少将が小野小町を慕う余りに百夜通いの悲願をたてたが、99日目の大雪の夜に代人を立てたので恋に破れた伝説を主題としているのがはねず踊りである(99日目に疲労で死んだとの…

顔見世

毎年同じような写真と感じられるかもしれないが、毎年役者が異なるので、同じではない。東西の歌舞伎役者が華を競っているが、大看板は真ん中と左右端っこだろうか。今年で言えば東は、尾上菊五郎、中村梅玉、坂東玉三郎、市川左団次、西が、坂田藤十郎、片…

舞妓さんと宴会

舞妓さんのデッサンの後は、おなかも空いたことであろうと、部屋を変えての食事会。舞妓さん二人にはそのまま残ってもらい、宴席に付き合ってもらう。 「宴もたけなわに」なってきたところで、舞を2曲披露してもらった。 みなさん食事もそこそこに、舞に見と…

舞妓さんデッサン

三千院の後は本日の最大の目玉である舞妓さんを描くことに。 ずっと静止したままではさすがの舞妓さんもくたびれるので、15分ごとに休憩を挟んで、約1時間半をかけた。休憩のときに見せる素顔は愛くるしいものがあったが、あえて写真は掲載しない。 さすがに…

檜書店

先に紹介した分銅屋を少し北に上がったところのこの場所には、かつて謡の本の専門店があった。非常に趣のある店構えだっただけに取り壊されたのは残念である。 謡曲本の専門店なんか京都ではやっていけないのか、あるいはマンションにしたほうが儲かるからな…

顔見世

] 師走恒例の南座の顔見世が11月30日から始まった。 勘亭流という独特の書体のまねき看板が上がると、京都の人は師走を実感する。こんなところにも京都の季節感を感じるところである。総見という5花街の舞妓、芸妓が総出で顔見世見物をする日がある。多分明…

都をどり

学生寮の後輩であるY君のお招きを受け、入洛中のTさん、Oさんとともに都をどりを観劇した。 京都には5つの花街があり、都をどりは明治5年に始められた祇園甲部の伝統行事である(宮川町は京をどり、先斗町は鴨川をどり、上七軒は北野をどり、祇園東は祇…

神泉苑大念仏狂言

高校時代同級生の岡田君がチケットを手配してくれたので、久しぶりに西京極で京都パープルサンガを応援した。相手が退場して数的優位に立ったのに、同点に追いつかれ、負けに等しい引き分けであった。祝杯を挙げる予定もままならず、怒りを抱いて自転車で通…