お寺

寂光院

暮れのことであるが、岐阜から来た友人夫妻のリクエストで大原に出かけた。例年なら雪景色であってもおかしくないのだが、そんな気配はみじんもなかった。 山門をくぐると寂光院の本堂が見えてくる。平成12年に放火によって焼失したのを、往時に倣って再建さ…

嵯峨御流

今年春先のことであるが、大覚寺である会合があった。会場へ行く途中、花器や生け花に使う道具を売っている場所に出くわした。 ここがまぎれもなきいけばな嵯峨御流の本部(華道総司所というらしい)であることを体感した瞬間である。 窓際に飾られているの…

黒谷さんライトアップ

浄土宗京都4本山の一つである黒谷さん(金戒光明寺)が期間限定で夜間特別公開を行っていた。 黒谷さんの境内は何度も訪れてはいるが、御影堂内部に上ったのは初めてである。お堂内では虎の襖絵や伊藤若冲の鶏図などを見ることができた。 勅使門。 紫雲の庭…

泉涌寺月輪陵

皇室の「御寺」として有名な泉涌寺。天皇皇后両陛下は今日ここに参拝された。 正面の法堂の左側に本堂があり、ここに神武天皇以来歴代天皇の位牌が安置されている。 6年前、特別に拝観できる機会があり、その偉容に圧倒されたことを思い出した。 この奥に月…

正伝寺

臨済宗南禅寺派に属する鎌倉時代創建の西賀茂の古刹である。 見頃はまだであったが、しばらくするとここが紅葉の参道と化すことだろう。 獅子の児渡しの庭園。比叡山を借景に、刈り込んだサツキで七五三調を表現した枯山水のお庭である。 伏見城の遺構を移築…

名古曽の滝

藤原公任の有名な歌で名前は知られているが、その所在を知っている人はあまりいないのではないかと思う。 嵯峨大覚寺大沢池の奥まったところに石碑が建っている。もちろん今は滝の痕跡らしきものを見つけるのは難しいが、歌に詠まれた時はすでに枯れていたの…

仁和寺・九所明神

明治時代以前は神仏習合だったため、今でもお寺の中に神社があるのはそう珍しいことではないが、ここ仁和寺は少し大きく派手である。案内文によれば、仁和寺初代別当の幽仙が各地から勧請したとのこと。 八幡三神(石清水八幡宮)、賀茂上下(下鴨神社・上賀…

仁和寺・観音堂

京の夏の旅で特別公開されている仁和寺に出かけてきた。 「幻の観音障壁画初公開」というキャッチに魅かれ、373年前の輝きが蘇ったという障壁画を拝観した。 この紐は堂内中央の千手観音菩薩の手につながっているというので、ひもを握って願いを唱える人が多…

五劫思惟阿弥陀仏・金戒光明寺

浄土宗京都4本山の一つである金戒光明寺は黒谷さんという愛称で京都の人々に親しまれている。 近年ではこの仏さんがアフロ仏として変な人気を呼んでいる。 他の仏像と同じく普通に鎮座されているが、その人気にあやかろうとしてか、案内看板まで設置されて…

湖北・観音の里

少し前のことだが、行きつけの小料理屋さんの仲間たち(松長仏像部と称す)と国宝十一面観世音がおられることで有名な高月町の渡岸寺にお詣りしてきた。 噂にたがわぬ素晴らしい観音様で、人々が魅了されるのが良く分かる。 元亀元年の浅井氏と織田氏の合戦…

地蔵院(竹の寺)

友人M君が入洛したのでかねてから訪れてみたかった地蔵院に参拝した。 通称竹の寺と呼ばれる竹の参道が見事な臨済宗の小さなお寺である(お庭の苔もきれいだった)。 十六羅漢の庭や猪目窓など趣のあるスポットは撮影禁止で残念であった。市街地から遠く離れ…

無動寺明王堂

グループ諧(関東一円から来た絵の上級者たち)の皆さんが延暦寺でスケッチをしている間、絵心のない僕は時間つぶしに無動寺谷を目指した。 ここは千日回峰行の行者さんが毎晩駆け抜けていく道の一つである。意外と道は整備されていた。 しばらく下ると閼伽…

百万遍知恩寺・京文連総会

京文連(京都文化財等所有者連絡協議会)の総会が、百万遍知恩寺であったので出かけてきた。 百万遍知恩寺は浄土宗京都4か本山の一つで、京都大学の北に位置す。 仏さんの前にスクリーンを置いて会議するというのは、京都ではさほど珍しくはないが、一興であ…

根本中堂大修理・延暦寺

根本中堂が10年に渉る平成の大修理中である。 足場を組んで回廊のようになっているので修理の様子を目の前で見ることができる。 檜皮葺の細かい仕事の屋根が目の高さにあり、完成すると二度と見られなくなるはずである。 もちろん不滅の法灯ががある本堂内部…

砂川の三軒寺

叡電出町柳駅の南に三つのお寺が並んでいる。いずれも浄土宗のお寺で、かつてこの東側に流れていた小さな川の名前を取って、「砂川の三軒寺」と呼ばれている。 今出川通に面した正定院。 その北側に位置する常林寺。萩の寺としても有名である。 北端に当る長…

伏見大仏・欣浄寺

3か月ほど前のことだが、伏見のまち歩きを案内の途中、このお寺に立ち寄った。小野小町への百夜通いで有名な深草少将邸宅跡と言われていると説明していたところ、住職により本堂の戸が明けられ、普段は見ることができないご本尊を拝むことができた。丈六の仏…

高山寺

高山寺に出掛けたが、驚いたことに大部分が参拝停止中。ここ国宝の石水院(鳥獣戯画がある)のみが公開していた。昨年の台風21号の被害甚大で、金堂も倒木に押し潰されたらしい。工事現場事務所を構えるほどである。本来なら表参道から見事な青もみじが見えて…

鹿王院

嵐電は嵐山を出発して次の駅が嵐電嵯峨、そしてその次が鹿王院である。駅名としてはお馴染だがこのお寺は余り知られていないのか、参拝する人も少ない。 総門にはこのような柵が施されているが拝観謝絶と言う訳でなく、 落ち着いた石畳を歩いてゆけば、 受付…

法金剛院・開花

京都には珍しい律宗のお寺である。 蓮の寺としても有名だが、それはもう少し先か? 数日もすればこの「開花」の貼り紙の下に隠されている「満開」の文字を見ることができるのだろう。

大徳寺・総見院

昨年12月に町内の行事で総見院の拝観に出かけた。 織田信長の一周忌に豊臣秀吉が建立したもので、信長の菩提寺とされている。 本堂 正門を入ってすぐのところにある井戸。 加藤清正が朝鮮から持ち帰った石で造られていて、掘り抜きの井戸と呼ばれている。 今…

大徳寺・正受院

一般公開はしておりませんと門前に書いてあったが、 外から垣間見るだけでも趣のあるお庭である。大徳寺塔頭には、この様に無名だが公開していない寺院が多い。 公開が待たれるところである。

洛北初冬・曼殊院

曼殊院は天台宗五箇室門跡寺院の一つで、 黄不動(国宝)があることでも有名である。勅使門に連なるこの築地塀がお気に入りである。 苔にもみじの葉っぱがひらひらと。作為がないから感動を呼ぶのかもしれない。小堀遠州好みの枯山水庭園。修学院離宮から曼…

嵯峨野晩秋・二尊院

釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を本尊としているのでこの名が付いた法然上人ゆかりのお寺である。 総門から本堂へ向かう参道は「紅葉の馬場」と呼ばれ、紅葉の名所として有名である。反対方向から見た風景本堂勅使門本堂から見る勅使門

嵯峨野晩秋・常寂光寺

奥嵯峨の地にあって、広い境内を有する日蓮宗のお寺である。 藤原定家の「忍ばれむ物ともなしに小倉山軒端の松ぞなれてひさしき」に因んで、 軒端寺とも呼ばれている。残念ながらピークを過ぎていたが、 それでもところどころに鮮やかな紅葉を見ることができ…

嵯峨野晩秋・化野念仏寺

化野は古来より葬送の地であり、 徒然草にも「あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の烟立ち去らでのみ、、、」と有名な一文がある。お寺の案内によれば、化野に葬られた人々の墓が何百年を経て無縁仏と化し、一帯に散乱していたものを 明治中期にこのお寺に安…

嵯峨野晩秋・大覚寺

60年に一度ご開封される嵯峨天皇宸翰の般若心経(今年が1200年目にあたる)の一般公開が終わったばかりで、 大覚寺の参拝客はそう多くはなかった。紅葉もそろそろ見納めの、12月初旬に訪れた。台風21号による被害も大きく、大沢池を巡ることは出来ず、名古曽…

酬恩庵・一休寺

一休禅師が60歳代でこの寺に入り、宗祖の恩に酬いる意味で酬恩庵と名付けられた。 81歳で大徳寺の住職になった時も此のお寺から通い、88歳でこの地で亡くなった。今年の「そうだ 京都、行こう」の舞台にもなったこともあり、 田舎の小さなお寺に多くの観光客…

金福寺

詩仙堂、圓光寺とくれば、金福寺にも足を延ばせねばなるまい。与謝蕪村のお墓があることでも知られているが、このお寺で詠まれた俳句の一部が高札に記されている。 この中では、「鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな」を覚えているが、 学校で習ったのだろうか?…

圓光寺

詩仙堂から歩いてすぐのところにある隠れた紅葉の名所が圓光寺である。門を入ると白砂の庭が目に飛び込んでくる。 白砂を雲海に見立て、天空を自在に奔る龍を石組みで表した平成の枯山水である奔龍庭。十牛の庭と名付けられた池泉回遊式の庭園であるが、紅葉…

詩仙堂

元の会社の仲間たちで構成される「京都を愛でる会」の会合が、年に2回ほどあり、 今回は洛北の秋を愛でることになった。残念ながら紅葉には少し早かったようで、詩仙堂でもこの程度である。その分、秋を代表する果物、柿が実っていた。 純日本庭園に柿の実…