山本亡羊は江戸後期の本草学者で、ここは読書室と呼ばれた講義が行われていた跡である(下京区130周年記念誌より)。 蛤御門の変で焼失したらしいが、鬱蒼とした樹が生い茂る家の表札を見ると山本とあり子孫が住んでいるのだろうか。
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