いづ重

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昨年末の30日、お墓参りを終えて祇園石段下のいづ重を訪れた。持ち帰り用に名物の箱寿司を求めたが、年末の大混雑のせいか、30分ほど待ってようやく手にすることが出来た。f:id:mfujino706:20211230123117j:plain狭い店内で食する客も多く、こちらはもっと待ったようである。店頭にあるwaiting listはよくある鉛筆やボールペンで記入するのではなく、毛筆であった。そのための墨と硯も準備されていたのには、いささか驚いた。f:id:mfujino706:20211230181533j:plain
色鮮やかな箱寿司は、ひらめ、えび、とりがい、焼き身、厚焼き玉子で構成される押しずしである。美味しいことは間違いないが、これで1944円を高いと感じるかどうか!?

霊源院

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通常非公開である建仁寺塔頭霊源院が特別公開をしていたので拝観してきた。
建立当初は、現在の総合大学としての機能を備え、「建仁寺の学問面」を代表する寺院であった(パンフレットより)。今川義元一休宗純も修行をしていて、彼らの書が残されているほか、織田信長の書状もあった。f:id:mfujino706:20211220134206j:plainf:id:mfujino706:20211220134501j:plainf:id:mfujino706:20211220134304j:plain
このお庭は、鶴鳴九皐(かくめい きゅうこう)と名付けられた令和の枯山水庭園であり、作庭家中根金作の孫二人が初めて手掛けた庭である。f:id:mfujino706:20211220135639j:plain
今回の目玉は、天井画の龍であった。f:id:mfujino706:20211220135630j:plainこれを描いたのは、中国の若手写真家であり、座禅体験をきっかけに依頼することになったようである。f:id:mfujino706:20211220133524j:plain
丁度住職が説明をしてくれたのだが、畳に仰向けになって天井を眺めることを勧められ、写真もOKだった(これは仰向けに撮った一枚)。
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面白いのは、この天井画やお庭にはお寺としてお金を払っていないとのこと。天井画は資生堂、お庭は祗園辻利がスポンサーである。参拝客などから喜捨を受けた浄財を、この様なものに使ってはいけないのだという説明だったが、それでは何に使うのかよく分からない?

竹田西樋井町

古来陰陽道では、北東(艮)の方角は鬼が出入りする方角として、
また対角線の南西は裏鬼門とも呼ばれ、ともに忌み嫌われていた。

この鬼門から鬼が入らないようにと、平安京では北東の守護として比叡山延暦寺が建立され、
裏鬼門の守護には石清水八幡宮が当てられた。
庶民の家でも様々な工夫がなされ、鬼の嫌がる柊の木を植えたり、
難を転ずるとして南天を植える家も多い。

現代でも京都の街なかにはいたるところに鬼門除けを見ることが出来る。
そんな中、ここではちょっと変わった鬼門除けを載せていきたい。

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田の字地区からは遠く離れた場所でも、鬼門除けが施されている。
しかも近代的なマンションであるというのが、研究している者としてはうれしい。

開化堂

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五条楽園と言う旧遊郭地の一角にひっそりと店を構えていて、通りすがりの人にはまず目につかない。

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知る人ぞ知る茶筒の専門店で、銅や真鍮の茶筒を製造販売している(裏に作業場がある)。力を入れなくても、蓋が静かに沈んでいく細工にもこの店の特徴がある。

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中部地方の友人夫妻を連れて行ったが、コーヒー豆を入れるのにと、一筒買い求めた。サービスとして、茶さじに名前を彫ってもらえるのだが、複雑な漢字の名前にもかかわらず、下書きなしで彫り進んでいた。これも職人技と、感嘆した次第である。

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これは3年前の写真であるが、当時とそう変わっていないと思う。いい値段である。

憶念寺Dec'21

お寺や教会、あるいは学校の門前には、標語・法語・訓語の掲示場を設置しているところが多い。そこには宗派本山から配られたポスターや標語の類を貼っているところもあるが、
このシリーズではそれらには興味を示さず、お寺などが独自に書いた法語等を掲載している。

自分で編み出した文章や宗教とは関係ない人物の言葉など、オリジナリティが感じられるものが好きである。またその書体も様々で、ポスターにはない独創性を感じる。

キリスト教会の多くは聖書の言葉の引用で、含蓄に富む言葉かもしれないがオリジナルではないので、このシリーズでは取り上げる機会が少ない。f:id:mfujino706:20211220110755j:plainf:id:mfujino706:20211220110807j:plain

西本願寺伝道院

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古くからの仏具店などが立ち並ぶ西本願寺門前町でひときわ異彩を放っているレンガ造りの伝道院が特別公開されていたので出かけてみた。
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東京の築地本願寺や京都では豊国廟や祇園閣の設計で知られる伊藤忠太が手掛け、明治45(1912)年に完成した。当時は真宗信徒生命保険会社の社屋として建てられたが、現在は西本願寺伝道院として活用されている。f:id:mfujino706:20211202150552j:plain
残念ながら屋内は撮影禁止だったが、天井や床にも意匠が施されているほか、照明器具や彫刻まで重厚な雰囲気である。

f:id:mfujino706:20211202150636j:plain建物を守るように空想上の怪獣の石像が並んでいて、一つひとつを見て歩くのも楽しい。f:id:mfujino706:20211202150627j:plainf:id:mfujino706:20211202150614j:plainf:id:mfujino706:20211202150610j:plain

鬼門除け・下立売千本

古来陰陽道では、北東(艮)の方角は鬼が出入りする方角として、
また対角線の南西は裏鬼門とも呼ばれ、ともに忌み嫌われていた。

この鬼門から鬼が入らないようにと、平安京では北東の守護として比叡山延暦寺が建立され、
裏鬼門の守護には石清水八幡宮が当てられた。
庶民の家でも様々な工夫がなされ、鬼の嫌がる柊の木を植えたり、
難を転ずるとして南天を植える家も多い。

現代でも京都の街なかにはいたるところに鬼門除けを見ることが出来る。
そんな中、ここではちょっと変わった鬼門除けを載せていきたい。
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下立売通りの堀川から西大路までの間を歩くと、結構な数の鬼門除けを見ることが出来る。f:id:mfujino706:20210422110909j:plain
こちらの鬼門除けは、比較的新しいのではないかと判断できる。