京の老舗

祇園饅頭工場

地下鉄東山駅から平安神宮方面への抜け道を行くと、東側に小さな和菓子屋さんがある。 看板も出ていないが知る人ぞ知るの店で、店頭は多くの客で賑わっている。時々通りかかるので気にはなっていたが、調べてみると南座の隣にある 祇園饅頭の工場とのこと。…

休業・御洲濱司

この記事を書いてから1年しか経たないのに 危惧していたことが起こった。ちょっとした京都土産として、いつも使わせてもらっていただけに残念である。 復活を期待している。

しまだいギャラリー

町を歩いていると、もと造り酒屋の建物と真っ赤な装飾の対比が目に飛び込んできた。 Brandに疎い身でも、Chanelは分かる。期間限定のshopらしい。

千切屋

幟と呼ぶのだろうか、真っ赤な大きな生地に「千」の字がはためいている。遠くからでも鮮やかに目に飛び込んでくる。千切屋は創業290年になる屈指の呉服問屋である。奥に入ったことはないが、 昔ながらの店構えが、何とも頼もしく感じられる。 界隈の店がビル…

貝葉書院

websiteによれば「木版手刷りの仏教書を今に伝える」とあるが、 これで商売が成り立つところが凄いと思う。 あるいは京都だからやっていけるのかもしれない!?

御洲濱司のお雛様

京都の老舗には、さりげなくお宝を飾っているところが多い。 ここ御洲濱司植村の店頭にも。 すわ円山応挙かと思いきや、孫弟子の応震の作とのこと。

100年目の閉店・たこえん

週に一度はこの店の前を通るのだが、今まで入ったことがなかったので、 どんな事情かはよく分からない。大正4年ということは百年続いていたということか。

御洲濱司・植村義次

場所柄、名前からして宮中出入りのお菓子屋さんのような趣が。洲濱台を象った上品なお菓子で、とても美味しい。 洲濱をちぎって小さく丸めたようなのが春日野豆。 原則この2種類だけで何百年と商っておられる。小さなお店だが、看板や調度品に至るまで歴史に…

今村玉生堂

余りに達筆すぎて、読むことができない。 単に知識不足だけかもしれないが。縦書きの文字は、目を凝らしてみれば、 今村玉生堂と読めるのだが、果たして、、、? 近づいて見てもさっぱりである。 「御水引紙袋」かな? 四文字目は自信がない。前の通りは万寿…

中村藤吉本店

宇治には多くのお茶屋さんが存在するが、 その中でもこの店は有名店の一つである。宮中に献上したというお茶が恭しく陳列されている。さすがと言うべきか、店内のマンホールの蓋には「お茶壺」の印が刻まれている。奥に併設されているカフェは超満員で、僕も…

老舗創業番付

1600年創業の店でも序の口である。 江戸初期でも番外とは、なんと奥が深いことか⁉※十両以下は画面を拡大してご覧ください※

州浜・植村

御洲濱師とあるから、京都御所御用達のお菓子屋さんだったのだろう。 東京遷都で公家をはじめ多くの御用商人もくっついて行ったのだが、 中にはこのように残ったところもたくさんある (羊羹で有名な虎屋は赤坂に移ったが、烏丸一条に本店は残っている)。こ…

神馬堂

上賀茂神社の門前菓子としてここのやきもちは有名である。 父が京都ゴルフの帰りに、よく土産としてくれたことを思い出す。学のある人は「しんめどう」と呼びたくなるが、 店名は「じんばどう」である。

黒田正玄家

千家十職のうち、竹細工・柄杓師を務める黒田正玄さんの自宅である。 隣のビルが何とかならないものかと憂うが、 何ともならないのも現代の京都である。

美よし果舗閉店

週に1度はこの店の前を通るのだが、閉店に気づいたのは 暫くしてからである。 両手を負傷したためと書いてあるが、不本意な閉店であったかもしれない。この店のひやし飴は絶品で、もう味わえないのかと思うと本当に残念である。 店の看板もすでに取り払われ…

126年目の閉店・Y.INOHANA&SONS

子どもの頃から何回も通っている道だが、 どんな店だったのか記憶がない。streetviewで確認したところ、紳士服店だということが分かった。 景気のせいか後継者難か、、、これも時代の流れかもしれない⁉

かとう

先月のことであるが、祇園のお茶屋「かとう」の120周年の祝宴に 縁あって招かれた。 たまに(といっても、この1年ほどご無沙汰しているが)お茶屋Barを利用するだけで、 本来ならお門違いの場であるが、 祇園町の宝といわれる「手打ち」に魅かれてのこのこと…

柊家

古来陰陽道では、北東(艮)の方角は鬼が出入りする方角として、 また対角線の南西は裏鬼門とも呼ばれ、ともに忌み嫌われていた。この鬼門から鬼が入らないようにと、平安京では北東の守護として比叡山延暦寺が建立され、 裏鬼門の守護は岩清水八幡宮が当て…

椿堂

お茶を商うこの店も京街道に面している。 websiteによれば明治12年創業とあるから 130年以上続いていることになる。大きな虫籠窓と鍾馗さんがポイントになっている。

米市本家

深草の直違橋通りは伏見から続く京街道で 現在も立派な旧家が多く残っている。この店も古くは造り酒屋でその後米穀商を営んでいたとのこと。 現在は営業はしていないが、建物だけは保存されている。

357年目の閉店・桂飴

ネット上で話題になっていたので、 年末の大掃除もそこそこにして出かけた。かつらあめという名前も初見のうえ、 見たこともないのでどんなものかわからない。 この日は営業をしておらず、今日が本当の最終日であるらしい。1656年創業というから江戸時代初期…

緑寿庵清水

日本で唯一の金平糖専門店である。 この店はマスコミで取り上げられるようになって初めて知った次第である。 それもここ10年ほどの話である。有名になりすぎたせいか、我々のような小口の客には愛想が悪いと 憤慨していた人がいた。 少々前の話で今は違っ…

魚三楼

幕末の銃弾の跡が残っているといえば蛤御門が有名であるが、 ここは鳥羽伏見の戦いの痕跡が鮮やかに残っている。この料亭は、薩摩軍が陣取る御香宮と幕府軍が守る伏見奉行所のちょうど真ん中に在り、 当時は弾丸が飛び交ったのだろう。 それにしても銃弾が掠…

茨木屋跡

まさか茨木屋が取り壊されこのような姿になっていたとは、、、。 この前は何度も通っていたのだが、ある方に教えてもらうまで分からなかった。慌てて過去の写真を探したのだがなかった。 押小路柳馬場には茨木屋があるものとばかり信じこんでいたのか 写真は…

鮎司・平野屋

今更ながらの感があるかもしれない有名な店だが、 新緑に朱色の鳥居、インパクトのある暖簾に緋毛氈の赤がよく映えている。嵯峨鳥居本の愛宕神社一の鳥居の参道脇にある。

虎屋ギャラリー

羊羹で有名な虎屋は東京だと思われがちだが、創業の地は京都である。 京都御所西隣の現京都店には茶寮が併設されていることは知られているが、 その横のギャラリーは余り知られていないようである。 今回は、伊藤若冲、酒井包一、菱川師宣など誰でも知ってい…

清課堂

江戸時代後期創業の錫製品専門店である。 当時から宮中の御用品や神社仏閣の荘厳品を作っていたが、 先代から店舗も構えたとwebsiteに記されていた。 仕事場は確か地下で、女性の職人さんが子ども連れで働いているとも記されていた。 この看板もその当時に作…

五感で学ぶ、伝統と革新・梶古美術

このようなチラシに誘われて、古門前にある梶古美術で開かれた講座に参加してきた。 主催したのが東山いきいき市民活動センターだったので、 そういう関係の人が多いのかと思っていたが、全くそうではなく、アラ還と思しきご婦人たち、 しかもセレブが大部分…

堀金箔・黄金の鍾馗さん

京都の街なかでは、小屋根に鍾馗(しょうき)さんを祀っている町家を見ることが多い。 その家の魔除けとして祀られているのである。 普通はこのように瓦そのままの色をしている。 この家は御池通に店を構える堀金箔の住宅であるが故、 このように煌びやかな…

平楽寺書店

新風館の北側にひっそりと佇んでいるかのような書店である。 最初は古書店かなとも思っていたが、何と江戸中期創業の書店である。 当初は日蓮宗関連の書籍を扱っていたが、今では仏教やその関連の 書籍を扱っておられるとのこと(websiteによる)。 門外漢と…