石村亭

谷崎潤一郎が晩年のひととき(昭和24年〜31年)を過ごしたのが、ここ石村亭。
当時は潺湲亭(せんかんてい)と言ったが、
谷崎が京都を去るにあたりある企業がこれを引き継いだ。

「京都を訪れた際には見に行きたいので、現状のまま使ってほしい」との条件付きだった。
潺湲亭では堅すぎるからと、谷崎が石村亭と改めた。
以来、この企業は谷崎との約束を守り、当時の趣やたたずまいを変えずに保存している、とのことである。

自分の楽しみだけのために、いちサッカー選手に30億円の年俸を払うという
某新興企業オーナーとは対極にあると言ってもいいかもしれない。


御殿風の母屋。


谷崎が座ったかもしれない?


四阿の西にある茶室

今回縁あって仲間とともに普段は非公開の内部を見学させてもらうことができた。


玄関を入ったところに掲げられている谷崎の書。

谷崎の書斎。ここで「新訳源氏物語」や「鍵」、「少将滋幹の母」が執筆されたのだろう。


書斎の応接室

歌人川田順の軸を前にして、食事をいただくという贅沢も味わうことができた。