京町家

アートな町家

いままでなにげなく通り過ぎていたかもしれないが、 よく見るとこんな凝った意匠が施されている。 何かお商売でもされているのだろうか? 麩屋町五条を上ったところにある。

おがわ

友人である某大学教授のN君と食事をしていた時、京都の蕎麦屋の話になった。 彼は京都出身だが関東での教授経験が長く、京都人には珍しく蕎麦好きである。 彼のお奨めの店がこのおがわである。 ミシュランの一つ星を取ったにこらの話題になったが、彼曰く …

折箱谷為

折箱と言っても街でよく見かけるダンボール屋さんではない。 料理屋が折り詰めに使用する白木の箱である。 この前(東山二条を西に入った南側)を何回か通るがいつもこのような状態なので、 営業していないのかなと思っていたが、websiteを見るとそうでもな…

ビルの谷間の京町家

大変立派な京町家だと思うが、引いて見るとこのようにビルに囲まれている。 町家は「点」ではなく「面」で残ってこそその価値を発揮すると思うのだが、 都心ではこれが現実である。 それでもこれ以上悪くならないことを願っている。 綾小路通烏丸を東に入っ…

またも消え行く京町家

一ヶ月前に通りかかったらこのような看板が目に付いた。 場所は中京税務署の前。 建築主が表札と同じ名前だったので、売却ではなく立替なのだろうが、 もったいない気がした。 丁度一ヶ月後の姿である。

斧屋

京町家作事組という大工や左官屋をはじめとする職人集団がいて、このように町家の修理に尽力している。 三条新町西入るにある改築されたこの町家は「斧屋」という店であったが、跡継ぎがなくなったため町内(釜座町)に寄贈され、町が維持しているらしい。町…

便所の神さん

我が家ではお正月に、神さん、仏さん、床の間他10箇所くらいに鏡餅をお飾りする。井戸(水神さん)やおくどさん(現在ではガスコンロに火の神さんを祀る)とならんで、便所にもお供えをする。便所はこのように庭に面した廊下を歩いていかねばならない。現代…

雪見障子

どこにでもありそうな部屋の障子であるが、 内側の部分が可動式になっていて、上げればこの通り庭が見える。 雪見障子とはよく名付けたものである。 今年いただいた年賀状に、「ブログを楽しみにしています」と多くのみなさんから感想をいただきました。あり…

今原町家

今原町家は堀川下長者町西入る一筋目上がる(正式な住所で言うと、葭屋町通下長者町上る)にある町家で、土日だけNPO法人が管理している。もとは組み紐屋さんである。その町家で近隣の老舗の食材屋さんを巡り、その後その食材を使った昼食を食べさせてくれる…

紅葉真っ盛り

今年の京都の紅葉は何年かぶりの見事さであったようで、どの名所も大変な人出であった。 そんな中、ひときわ見事であったのがこの町家のこの盆栽であった!?麩屋町通高辻下るのこのお家はいつも何かしらが小ぎれいに飾られていて、住んでいる人の奥ゆかしさと…

夏のすごし方

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」と徒然草にもあるように、日本の家は夏向き(夏対策)に作られている。我が家でも夏になると襖や障子を外し、葦戸(よしど)を建てる。また畳に代わって籐むしろ(とむしろ、と呼ぶ)をひく。 六畳間と八畳間の間の襖を…

三条台若中会所

祇園祭が例年通り7月1日から始まった。17日の山鉾巡行や前日の宵山だけが祇園祭と思われがちだが、実際はひと月にも亘る八坂神社の神事である。全国どこかしこで行われている観光客目当てのイベント祭りとは異なると、京都の人は思っている。因みに例年宵山…

京町家の話題三つ。

その1・上京の町家 武者小路通に面したこの町家は、中京や下京とはまた違った趣がある。西側には立派な蔵があるが、その向うは今風の民家やマンションである。 このような「ばったん床机」はいつごろから流行りだしたのだろうか? この家の向いは空き地にな…

町家は生きている

京町家は毎年1000軒以上が失われているという。中心部だけで25000軒しか残っていないので、この分で行けばあと30年もすればすっかり姿を消すことになる。主な理由は、戦後間もない建築基準法の改正に適合しなくなった他、地価の高騰による固定資産税、相続税…

南天

昨秋の写真ではあるが、南天の実がたわわに成った(この表現が正しいかどうかは分からない)のでカメラに収めてみた。この赤い実は鳥の大好物で、それ故食べられないようにネットを被せているのも良く見るが、我が家では特に対策はしていない。その所為か、…

ばったん床机

一見どこにでもありそうな京町家だが、よく見ると軒先にはばったん床机がある。ちょっとした商品を展示したり、近所の人たちと語らったりするときには床机として使い、使わないときはこのように収納しておく。特に京都だけのもの、ということはないようだが…

町家が消えて行く・出水烏丸西入る

空き地を囲うフェンスと言う一見どこにでもある風景である。 ところがここにはこのような立派な京町家が存在していたのである。京都の中心部だけで約2万軒以上の町家があるが、毎年500軒前後が壊されているらしい。一度壊してしまうと二度と同じものはでき…

犬矢来異聞

京都の街中を歩くと、このような犬矢来を見かけることが多く、取り立てて話題に取り上げる程ではない(竹はすぐに劣化してしまうので、このような新しいものを見かける機会は少ないかもしれない)。 しかしながらよく見ると、中央と右端にデザインのような模…

同志社大学江湖館

同志社大学が町家を買い取ってサテライトキャンパスとしている。 元は商家であったようで、通り庭や井戸の跡など、完全な京都の町家である。 ここで「学びなおし講座」が催されており、その講師として出かけた。町家をなるべくそのままにして残そうという意…

Hibana

西陣にほど近い下立売大宮のとある町家にあるのが、森林バイオマスの普及啓発を目的として、若い女性二人で起こしたHibanaという会社である。もとはNPOからでているがれっきとした株式会社である。いつまでも人の心を和ませ、パチパチッとバイオマスの火…

八木家住宅

京町家というよりは農家である。維新前後は壬生村と呼ばれたこの地に新撰組が屯所を開いたのが八木家である。修学旅行生が大勢訪ねていた。この近くには前川家もあり、芹沢鴨が暗殺された部屋は、現在子どもたちの部屋になっているそうだ。そんなところでよ…

町家でオペラ

築130年以上の町家が有名シェフによるイタリアンレストランあるとれたんとに衣替えし、その2階で「春の夜の歌会」と称する音楽会に出かけた。といっても詰めに詰めて40人入れるかどうかの空間ではあったが、男女3人づつのプロのオペラ歌手による独唱、デュ…

町家が消える、町が壊れる

中京のこの辺りにはまだまだ大きな「塀付町家」が残っている。しかしよく見ると塀にはなにやら白い看板が、、、。ついにこの家も取り壊されて5階建てのマンションに(新景観条例でこのあたりは最高15mしか建てられない)。 立派な門構えの公家屋敷風である…

井上清七薬房

下京のいわゆる「田の字」地区の中にある町家。以前は薬屋だったことが看板から読み取れる。しかも目薬。現在は空き家になっているのだろうか? 場所は学校歴史博物館の西にあたる。 北隣にはこの間まで町家があったはずだが、あっという間に取り壊されて更…

京町家作事組

典型的な塀付京町家が改修をしている。場所は衣棚押小路を上がったところ。築100年近くなると、どうしても所々が傷んでくるが、これを修理するのがとても大変。 一つは費用の問題。 町家に住み続けるには、普通の家よりも1.5倍経費がかかるという話は、実感…

西陣町家スタジオ

西陣の一角(堀川中立売を少し西に入ったところ)に築100年くらいの立派な町家があり、現在はNPO法人が運営するオフィスになっている。僕のブログのお師匠さんである加藤わこさん もここにオフィスを構えている(友人とシェアしている)関係もあり、何度かお…

棲霞軒

昨日のブログで紹介した上村淳之さんのお家。 ちょうど我が家と背中合わせの位置関係である。 3階にある画室を、棲霞軒と名付けたのは、祖母の松園さんである。上村松園

カスタ君の町家

社会貢献活動に熱心な㈱カスタネットの植木社長が、中京の町家を借りて「カスタ君の町家」をオープンさせた。三丁目の夕日をイメージさせるがごときの内装で、まんまるの卓袱台の中の七輪に火が起こっていて、いまにもするめを焼いた宴会が始まりそうだった…

犬矢来

犬矢来(いぬやらい):京都の街なかでよく見られる風景である。元来は、道を行く馬や荷車の泥はねを防ぐため、民家の壁を守る役目が発祥であるらしい。現代は舗装されてその必要がないが、江戸時代から昭和の中ごろまでは生活に根付いていた。一説には、犬…

うなぎの寝床

京都の住居(特に町家)は、間口が狭くて奥行きが長いのが一般的である。 これをうなぎの寝床と呼んでいる。794年の平安京造営の時に、唐の長安に倣って条里制で碁盤の目の街路を作ったのが始まりである。(四条通や錦小路、室町通、高倉通など基本的にはそ…